公益社団法人 日本文化財保護協会

2025.05.19
文化財DXはコストセンターになるのか?
野口 淳(公立小松大学次世代考古学研究センター特任准教授・日本担当理事協会顧問)

文化財DXを進めるにあたって、業務のデジタル化は必須となります。

従来、デジタル化されていなかった工程や情報をデジタルに移行するためには、当然、機器やソフトウェアの導入が必要になります。それらは決して安価なものばかりではありません。

また、新しい機器やソフトウェアの操作に習熟するための教育訓練も必要になります。

こうしたことから、「DXはコストがかかる」と思われている傾向があります。

しかし、1で指摘した通り、デジタル機器・ソフトの導入=デジタル化だけではDXには至りません。
そしてDXが効果を発揮するためには、デジタル化にとどまらない、私たちの仕事や生活の変化=「トランスフォーメーション」が必要になります。


「でもDXの前提として新しいデジタル機器・ソフトウェアを導入したデジタル化が必要なんでしょう? そこにコストがかかると言っているんです」

議論は堂々巡りになりそうですね。


そこでもう一度、自身の周囲を見渡し、少し考えてみましょう。

文化財に関わる業務のかなりの部分は、すでにデジタル化されています。計測・図化の話ではありません。日常的に文書を作成する、メールにより通信連絡を行うなどの作業は、ほとんどデジタル化されているのではないでしょうか?

そこで、そうしたデジタル化されている業務のコストを考えてみましょう。機器やソフトの操作の習熟度だけに起因しない、時間のロスがあちこちにありませんか?

プログラミングやシステム管理など、直接的なIT部門と思われていない文化財関連業務で使用されているコンピューターのスペックは、しばしば必要最低限、時にはそれを下回っている場合もあることを見聞きします。

そのような状況で、朝、コンピューターを起動し、メールソフトを立ち上げて受信箱をチェック、必要に応じて添付ファイルをダウンロード、さらに事業所内の出勤管理システムや掲示板にアクセス… みなさんの職場でこのプロセスに費やしている時間はどのくらいですか? 文書を作る、集計表を作る、さまざまなデジタル化業務の場面での時間ロスを集計し、そこにかかっている人件費を計算してみましょう。

 

どのくらいの期間の累積で、より性能の高いコンピューターの調達コストと均衡するでしょうか?
性能の高いコンピューターを導入すると、それまで失われていた作業時間=人件費を有効に使えるようになるだけでなく、新しい機器やソフトウェアを導入する際の、必要なコンピュータースペックの障壁も下がります。

もちろん行政組織など、性能の高いコンピューターの導入が困難な現状もあるかと思います。しかしそこを改善しなければ、人手不足がますます深刻化する中で、従来の業務すら全うできなくなるでしょう。

DXの第一歩はそのような身近なところからはじめられるもので、同時に将来的な課題の解決を図るものでもあるのです。