平川ひろみ(鹿児島国際大学・奈良文化財研究所客員研究員)
1 失われる情報への危機感
発掘調査は破壊を伴います。遺跡や遺構の構造は、ひとたび掘ると元の状態には戻りません。だからこそ、調査では細心の注意を払って実測図や写真などの記録を残そうとします。しかし、どんなに丁寧に記録しても、記録法自体の技術的制約や意図的/非意図的な取捨選択などにより膨大な情報の多くは失われてしまうのが現実です。
調査区内の遺構や土層の正確な形状や状況の詳細、遺物の正確な埋没姿勢、そして調査の進行という時系列的な変化の過程……。過去の人の行動と自然の営みを復元し、科学的に確かめるためのこれら証拠の多くは、伝統的な記録方法だけでは捉えきれません。実際は掘りあがりの記録にとどまることも多く、調査過程でしか得られない貴重な情報の大部分は消失してしまいます。
さらに重要な点は、「調査者の目にとまった情報限り」という限界があることです。別の調査者なら気付けた情報、他の人が必要とした情報があるかもしれません。掘り方も記録も人に依存するのです。また、調査後は時間の経過とともに調査者の記憶も曖昧になります。研究の進展により調査法やせっかくの記録が陳腐化し、情報不足が際立っていくことも避けられません
考古学を取り巻く国際的・学術的・社会的環境が大きく変化している時代です。研究の高度化・多面化、真正性・再現性・検証可能性の確保、オープンデータ化の動き・(調査データが国際的に学術にも一般にも利用される機会の増加)、そして人手不足など……これらすべてが、従来の考え方や記録方法、公開方法の壁に突き当たり、膠着状態にあります。これを直視すべきです。
私たちが目指すべきは、遺跡の情報を限定せず、現在・未来の多様な研究者はもちろん、専門家・非専門家を問わず人々が高度に利用し続けられる、真に価値ある記録を残すことです。それこそが、文化財の保護と活用を持続可能なものにする道だと考えます。
2 遺跡を「まるごと・そのまま」持ち帰る―「記録保存」―

教室内での発掘調査の振り返り
こうした途方に暮れるような難しい課題を解決するためには、根本的な発想の転換が必要です。それは、発掘現場を可能な限り「まるごと・そのまま」持ち帰り、時を経ても新たな情報を得られるようにするという考え方です。ある意味で真の 「記録保存」の追求ともいえそうです。発掘調査の過程のあらゆる場面とあらゆる対象に、網羅的に 3D をはじめデジタル技術による記録を適用し、従来にない水準で高密度・高精細に記録する――私たちはこれを「悉皆的 3D 発掘」と呼び実践してきました。
発掘調査データの信頼性は極めて重要です。調査過程の詳細で高品質な記録は、検証可能な透明性の高い調査記録となりえます。また、すべての調査プロセスをデジタル記録することで、将来の新視点や技術進歩に対応した新たな分析手法の適用も可能になります。発掘はやり直しがききませんが、掘りすぎた遺構の復元や別の掘り方を近似的に試せるようになるかもしれません。
高密度データの蓄積は、革新的な考古学教育や文化財活用の可能性を開きます。仮想的な発掘体験の提供、博物館の没入型展示、研究者間でのデータ共有による共同研究の促進など、従来の枠組みを超えた多様な展開が期待できるのです。
※以上は科研費「超・高密度三次元発掘記録法(悉皆的 3D 発掘)の開拓と展開を目指す実践的研究」
(代表 中園聡 JP20K01100)および、「超・高密度三次元発掘記録法(悉皆的 3D 発掘)の開拓と洗練」(同 JP24K00148)に基づきます
参考文献 平川ひろみ・中園 聡(2021)「遺跡発掘調査におけるパブリックアーケオロジーの実践―鹿児島県三島村黒島における地域住民と考古学―」『日本情報考古学会講演論文集』24:58–63. 平川ひろみ・太郎良真妃(2024)「遺跡発掘調査のフル 3D 記録」『月刊考古学ジャーナル』791:10–15. 中園 聡(2024)「3D 考古学の新時代に想う」『月刊考古学ジャーナル』791:1. 中園 聡・平川ひろみ・太郎良真妃(2021)「3D を終始多用した発掘調査―鹿児島県三島村黒島の調査から―」『日本情報考古学会講演論文集』24:30–35. 中園 聡・平川ひろみ・太郎良真妃(2022)「超・高密度三次元発掘(悉皆的 3D 発掘)の開拓」『月刊考古学ジャーナル』768:127–130. 中園 聡・太郎良真妃・平川ひろみ・遠矢大士(2022)「「悉皆的 3D 発掘」および「ペーパーレス発掘」の試みと検討―鹿児島県三島村黒島大里遺跡の調査の事例から―」『日本情報考古学会講演論文集』25:1–5. 太郎良真妃(2017)「ありふれた遺物の記録と応用:その実際と意義』『季刊考古学』特集 3D 技術と考古学,140,pp.38–41.東京:雄山閣. 太郎良真妃・中園 聡(2021)「ありふれた遺物の三次元計測・記録の実践」『日本情報考古学会講演論文集』24:36–41.