公益社団法人 日本文化財保護協会

2025.04.28
実務者視点の文化財DX:問題は記録の方法ではない
石井淳平(厚沢部町教育委員会学芸員)

 文化財デジタルトランスフォーメーション(文化財DX)を現場レベルで成功させるための重要な要素に、デジタルデータのメタデータ管理があります。近年、スマートフォンを用いたLiDAR計測やフォトグラメトリ技術の進化により、遺物や地形の高精度な三次元計測が容易になりました。ややもすると、デジタル機器の使用だけが注目されがちですが、デジタル化によって生み出される大量のデータの価値を最大限に引き出すためには、適切なメタデータ管理が不可欠です。

このデータは何?データの関係を記録する

スマートフォンなどの手軽な機材を用いた計測技術の普及により、大量のデジタルデータが生成されるようになりました。しかし、これらのデータをただ保管するだけでは、その価値を十分に活かすことはできません。標定点やオリジナル写真、中間生成物との関連付けが重要です。

フォトグラメトリから報告書掲載図版を作成する際に生成されるデータには、例えば、以下のようなものがあります。

これらのデータが、オリジナルデータである標定点や写真と適切に関連付けられていなければ、記録としての価値が大幅に損なわれてしまいます。各データについて「このデータは何か?」というメタデータを適切に管理し、関連情報を明確にすることが求められます。

記録方法よりメタデータを重視せよ

すべての記録をデジタル化することは、現実の発掘調査現場では難しいことが多いものです。筆者の現場では測量野帳で座標を管理しています。トータルステーションのデータコレクタを使用して効率的に管理することが望ましいのですが、小規模な現場では測量野帳の取り回しも魅力的です。さらに、土層注記や分層の記録も、作業の手間や効率を考慮すると手書き図面を活用した方が良い場面も多いでしょう。文化財DXを実現するために重要なのは、手書きかデジタルかという手段の選択ではありません。手書きの情報であっても、最終的には必ずデジタルデータへと統合されるため、手書き媒体とデジタルデータの関連性を明確に記録しておくことが重要です。ここでも鍵となるのはメタデータの適切な管理です。

文化財DXができないのは、過去の方法への固執

文化財DXがうまくいくかどうかは、勘と経験が補ってきた方法論からの脱却にかかっています。メタデータ管理の問題は、手書き図面の時代にはあまり意識せずにすんでいました。もちろん、昔から、原図や素図に番号を付し図面台帳で管理するということは行われてきました。しかし、ボーンデジタルな記録はそもそも物理的に「番号を付す」ことができません。従来の図面管理方法の延長に位置づけるのは無理があります。野口淳氏が文化財DXの基本2:文化財に効くDXで述べているように、「個別の作業手順をバラバラにデジタル化するだけではかえって非効率になってしまう」のです。

文化財DXを単にデジタル機器の利用に矮小化してしまうと、本来の目的には到達できなくなってしまいます。文化財DXに必要なのは、文化財記録を管理するための方法や技術を業界全体で模索し、共有していくことです。

以下は筆者が2024年度に関わった史跡館城跡発掘調査記録のディレクトリ構造の1階層目です。それぞれのディレクトリにはさらにサブディレクトリがあり、深いものでは5階層に及びます。それらをすべて合わせると、ディレクトリ総数1,304、ファイル総数11,029になります。

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├── 3D
├── Raster
├── LaTeX
├── Ortho
├── Pic
├── QGIS
├── README.md
├── Remains
├── Rscript
├── Vector
└── Output

調査期間2ヶ月、500平方メートルの現場ですらこれほど大量のデータが生成されるのです。従来の発掘調査の常識が通用しないことは明らかです。繰り返し強調しますが、文化財DXとはデジタル機材を使用することではありません。データ管理の方法と技術こそがその本質なのです。

文化財DXへの期待

文化財DXの本質がデータ管理にあることを踏まえると、個別の自治体・調査機関の枠を超えた標準が必要不可欠です。発掘調査から報告書作成までの一連のプロセスにおいて生成されるデジタルデータのファイル命名規則、ディレクトリ構造、メタデータ記述方法などの標準の策定が急務となっています。

増え続けるデータの取り扱いに悩まされる全国の担当者と課題を共有し、共に解決策を模索していきたいと考えています。